こんにちは、りーつです。
旅行している最中、何らかのトラブルで旅程が崩壊してしまうことはよくあることです。日本だと人身事故による運転見合わせや信号トラブル、ドイツだとストライキや特に理由のない大幅な遅れなどなど、旅にトラブルはつきもの。むしろそのトラブルをどう上手く処理するかが腕の見せ所というものです。
という訳で今回は乗る予定だったポーランド→チェコ間の寝台列車が運休し、翌日1日かけて移動する羽目になった話をつらつらとたまにはエッセイ形式で書いてみることにします。
前夜、クラクフにて

旅行6日目、クラクフの夜。この日は国際寝台列車・ユーロナイトでポーランドを後にし、翌朝には「百塔の街」とも称される、チェコ首都・プラハに到着するという我ながら完璧なプランを組んでいた。今回の旅行は旅程を組むに当たり、1週間かけて念入りに情報収集を行ったので、抜かりはない。
クラクフ中央駅のユーロナイトの発車時刻は22時32分。しこたま時間があるので、雨に濡れた夜の旧市街を散歩した後、良い感じのレストランに入り、あとは寝るだけと、ビールを浴びるように飲んだ。


ユーロナイト?
22時15分、そろそろ良い頃合いだと思い駅に向かう。寝台列車はワルシャワからやってくるため、どうせ定時運行はしていないだろうと読んだ。9月半ばとはいえポーランドは肌寒い。寒風吹きすさぶホームで待たされるのは御免だ。

駅に到着し、発車標を眺める。ユーロナイトの略号はENだ。EN407 Chopin/Praha.hl.n.行、EN407…407…見当たらない。しかし、類似する列車があった。

IC(InterCity)407便 Chopin/Czechowice-Dziedzice行。列車番号、愛称ともに一緒だが、気になるのは種別と行先。ICは国内で完結する優等列車に付けられる種別であり、何とも発音しづらいその行先も、全く聞き覚えのない地名だった。
しかし、既にアルコールで仕上がっていた自分は最悪の判断をする。行先に入る“Czech(チェコ)”の文字列、そして予約時にポーランド・チェコ国境で乗り継ぎするルートが検索に引っかかっていたことから、「これはチェコ国境まで行ける別の寝台列車」、「乗り継げばプラハまで行ける」という、今思えば全くもって理解できない論理を展開していた。
乗車
そして乗車。車内を一通り回るも、当然予約していた寝台車はない。車掌に聞いたところ、「どこに座ってもいい」という回答が返ってきたので、そんな訳ないだろと今更チェコ鉄道のアプリを開いて確認する。

そこには、ポーランド・チェコ国境間の路線は9/15-20まで運休していること、そしてこの列車は区間運休をしており、寝台車を増結していないことが書かれていた。後から調べると、連日続いた大雨の影響で洪水を起こし、国境部の線路がダメになったようだった。
車掌に「乗り継いでプラハまで行けるか」とさっきのタイミングで聞いたのだが、「行けない」と当たり前かのようにキッパリ言われたのはこのせいか。

困った。酔いも醒めぬほど飲んでいたが、それでも働かない頭を無理やり回す。次の停車駅はクラクフから西に60km離れた、アウシュヴィッツのある街・Oświęcim。終点のCzechowice-Dziedziceは更に何もなさそうな街だったので、ここで降りることにした。

クラクフまで戻る列車も既に運行を終了していたので、ここでの宿泊が確定。最悪待合室で4時間凌ぎ、3時半の始発で戻ろうかとも思ったが、限界すぎるのでやめた。

綺麗なホテルが4,000円ぐらいで取れたので満足。こんな時間に訪問し、対応してくれたオーナーには全く頭が上がらない。ヨーロッパ人だが、菩薩のように見えた。
翌朝、クラクフへとんぼ返り
さて、本来ならプラハに到着し、世界遺産の美しい街を歩いていたはずの翌日。私はまだポーランドにいた。とりあえずオシフィエンチムからチェコ方面に抜ける方法を探るため、駅に出向いて聞いてみることにした。
「チェコ方面の列車は運休していると聞きましたが、他にチェコに行くルートはないですか?」という文面をポーランド語に翻訳し、駅員に見せてみると、返って来たのは苦笑いと“I don’t know”という無情な返答。

オシフィエンチムは人口4万の比較的小規模な街。とりあえず大都市まで戻れば選択肢は増えるだろうということで、仕方なくクラクフに引き返すことにした。

昨日はアウシュヴィッツからの帰り、日本人旅行客と会話に花を咲かせていたのであまり見られなかった農村部の長閑な車窓を眺めつつ、行く末を案じる。果たして今日中にプラハに到着できるのだろうか。

10:59、Kraków Główny着。流石はポーランド第三の都市ということで、駅にはインフォメーションセンターがある。ここでもう一度情報収集を行うことにした。
しかし、やはり返って来たのは「迂回してもチェコへ直通する列車はない」、「行くならバスで行け、駅前にバスターミナルがあるからそこで聞くように」という回答。
バスか…と考えているとふと思い出す。ヨーロッパにはFlixBusがあるじゃないかと。早速WEBで調べてみることにした。
ルート検討

ここで考えられるルートは3つ。1つはプラハへ直行するバス便。ただ、これはチェコに抜けたい旅行者がバスに流れている影響で、夜遅い時間まで満席だったのでなし。
2つ目はオストラヴァ、ブルノ方面にバスで抜け、そこからチェコ鉄道でプラハを目指すルート。しかし、チェコ鉄道のHPを見ると先ほどの洪水の影響を受けているのか、しきりに遅延の情報が書かれていたので、これも不安要素から却下。
そして3つ目はポーランド国内を移動し、適当な都市からプラハ行きのバスに乗車する案。鉄道が通っていて、かつチェコ国境に近く、バスが出ていそうなそこそこな規模の都市を地図から見繕うと、一つの都市が目に留まる。

Wrocław…ポーランド南西部に位置する、国内4番目の規模を有する都市。ここまでICで移動し、70分ほどの乗り継ぎでプラハ行きに乗車すれば、21時にはプラハに着けるという算段だ。
そうと決まれば早速行動。ヴロツワフ行きの特急は20分後に出るため、窓口で急ぎチケットを購入。アプリからも購入できるが、こういう時は行き先を伝えるだけでプロが発券してくれる窓口に限る。

クラクフ中央駅12:09発、IC2700 HETMAN Wrocław Główny行き。値段は63zł≒2,400円と、264km・3時間弱の移動にしては安い(というか日本の鉄道が高すぎる)。

そして同時にFLIX BUSも予約。こちらは153zł≒5,800円と少々高め。というのも、本来早くから予約すれば格安で移動できるという性質を持つバスなので、直前は高くなるのだ。まあ、緊急事態なので仕方あるまい。
クラクフ→ヴロツワフ



車内はこのような感じ。欧州の鉄道にありがちな微妙な窓割の席をあてがわれてしまったが、まあ窓側なだけいい。
ヴロツワフまでの停車駅は、カトヴィツェ、グリヴィツェ、オポーレの3駅。カトヴィツェを通るなら、朝はオシフィエンチムからカトヴィツェに抜けた方がロスは少なかったか。
クラクフで買ったピザパンを頬張り、ひたすら続くポーランドの地平線を眺めること3時間半、列車は20分遅れてヴロツワフ中央駅に到着した。
ヴロツワフ

ヴロツワフでの待ち時間は遅れの影響で50分に短縮。実は15:30にもプラハ行きのバスが出ていたものの、鉄道の遅れをケアして1本遅い便にしたのには、我ながら拍手を送りたい。
しかし、ここで1通のメールが届く。

・・・踏んだり蹴ったりとはまさにこのような状況に使うために生まれてきた言葉だなあとしみじみ。バスターミナルは中央駅の真横にあるので移動に時間はかからないものの、街歩きをするにはあまりにも微妙な待ち時間。しかし、少しだけこの街の中央広場まで行ってみることにした。


これがヴロツワフの中央広場。美しいゴシック様式の旧市庁舎とカラフルな街並み。ポーランドのこういった広場にある建物は多彩な色から構成されているものの、特に散らかったような印象は受けず、オシャレで可愛げのある街並みに見えるのには感心する。
もう少し長く散策したかったが、遅延を知らせるメールに気づくのが遅れたこと、そして万が一にも遅れが回復し、バスが早発する可能性もケアし、早めに向かうことにした。
ヴロツワフ→プラハ

これがバスターミナルが入っている、ショッピングモールとの大型複合施設・Wroclavia。先ほどの駅舎とは反対側にあり、地下一階の乗り場からバスは発着する。
結局バスは55分遅れてやってきた。まあ、遅れが回復することなんてことはなかったか。

さて、ここで自分の座席を探すも、何故か自分の席番だけバスに設定されていないことが判明。8Dの座席が指定されているものの、何度見ても列番号が7の次が9になっている。
困惑するアジア人男性を見かねた地元の方がチケットを一緒に見てくれたが、やっぱりない。適当に座るほかないので、9Dに座ることにした。
それにしても海外旅行を始めて思うことが、何か困っている人を見かけたら外国人でもガンガン話しかけてくれるそのメンタリティ。日本だと結構見て見ぬふりする人も多いんじゃないだろうか(自分含め)。これからは積極的に話しかけてみようかな。

バスはヴロツワフのバスターミナルを発車した後高速に乗り、ドイツ・チェコ・ポーランドの3国境にほど近い街、ボガティニャへ一直線。
ポーランドのだだっ広い平原もこの夕焼けと共に見納めだ。
チェコ入国

ヴロツワフを出て1時間半、ボカティニャの街を出たバスはいよいよ国境へ差し掛かる。とはいっても、シェンゲン協定締結国間を跨ぐだけなので、パスポートコントロールは特にない。
国境部の緑生い茂る曲がりくねった山道に差し掛かり、欧州旗を模した看板に“Česká republika”と書かれているのがかろうじて確認できた。

最後にバスはチェコ北部の街・リベレツに停車し、あとはプラハに一直線。高速道路に流れ行く街の明かりを見つつ、昨日の運休時の絶望と今日の移動を走馬灯のように思い返す。いやあ、長かった。海外一人旅を始めてまだ9か月、3回目で初めてのトラブルだったが、無事に処理できた自分にまずは賛辞を贈りたい。
プラハ着
しかし、最後に誤算。それは、自分の買ったチケットがプラハ郊外のČerný Mostまでとなっていたこと。降車停留所をプルダウン形式で選択するタイプで、複数プラハ市内の候補が出てきたので適当に選んでしまったのが失敗だったか。
まあ、多分そのまま乗っていても問題なかったとは思うが、降りてしまった。

幸いにもここはプラハ地下鉄B線の始発駅。ここから今日宿泊するドミトリーがあるヴァーツラフ広場の最寄り駅・Můstekまでは乗り換えなしで一本。運賃は打刻から30分間有効なきっぷで30Kč≒190円。到着したばかりだったので現金のチェココルナは持ち合わせていなかったものの、カードが使えて一安心。


20分ほどでプラハ旧市街中心部のムーステク駅に到着。

地上に上がると、夜も賑わうヴァーツラフ広場の活気と荘厳な国立博物館が迎えてくれた。この時すでに22時。結局クラクフから10時間かかってしまったが、無事にこの日中にプラハに到着できた。


折角なので、この日はチェコの誇るビールであるピルスナー・ウルケルと豚の膝肉で祝杯。格別の味だった。
以上、備忘録を兼ねた回想記でした。