ポルトガルと聞いて、何かピンとくるイメージがある人はあるだろうか。「ポルトガルに行ってきます」というと、「歴史の授業では聞いたことはあるけど…」という反応が大体帰って来る。そう、ポルトガルは大航海時代の先駆けとなった偉大な海洋国家だったのだ。
自らは航海に参加しなかったものの、当時の天文学や航海術の研究を行った航海王子エンリケ、アフリカ南岸の喜望峰ルートを開拓したバルトロメウ=ディアス、そしてその喜望峰を通るインド航路を開拓し、手に入った香辛料でポルトガルに莫大な富をもたらしたヴァスコ=ダ=ガマ…世界史上に名を轟かせる高名な偉人が、1400年代に栄華を誇った海洋帝国・ポルトガルを築き上げました。
しかし、その後はイギリスやオランダの挑戦を受け、世界史ではすっかり見なくなってしまうポルトガル。当時せいぜい150万~200万人ほどの人口しかいなかったポルトガルでは、本国の人口規模を遥かに凌いでなお肥大化する植民地経営に耐えられなかったのでしょうか。いずれにせよ、一時代を築いた大帝国が、今やヨーロッパの小国…というのも、どこか哀愁漂っていて愛おしいものです。
ちなみに自分が事前に予習のため読んだ本では、「ポルトガルが海洋帝国として他国に先駆けて発展した要因は、優れた航海技術や造船技術を持っていたからではなく、単に大西洋に面する絶好の立地を持っていたからである(要約)」と書かれていた(「スペイン・ポルトガル史 上」山川出版社)。悲しいかな。
ベレン地区へ

コメルシオ広場に戻ってきた。12月だというのに相も変わらず雲一つない快晴だ。
この広場から出る市電18E系統(目の前に停まっているやつ)に乗ればベレン地区の中心部・ジェロニモス修道院の目の前まで行けるのですが、あまりにも混んでいるので別の路線を使います。



コメルシオ広場から西に歩いて徒歩5分、Cais do Sodré駅から出るポルトガル国鉄(CP)・カスカイス線。今回はリスボンカードというリスボン市内の観光地に無料で入れたり、地下鉄・市電等に乗り放題になるカードを使っており、このカスカイス線もその対象なのだ。
10時から17時は20分に1本のパターンダイヤ(毎時00,20,40分に発車)。ただし、日中以外はたまにBelém駅を通過する快速列車があるので注意。
Cais do SodréからBelém駅までは3駅10分弱。全線に渡ってテージョ川沿いを走るので眺めも◎。
発見のモニュメント
駅から歩いて5分ほど、発見のモニュメントを訪問。

テージョ川沿いに堂々と聳えるモニュメントは圧巻の一言。製作自体は1960年と割と最近、というのも、航海王子エンリケの没後500年を記念して造られたものらしい。
当然、モニュメントには大航海時代を代表する名だたる偉人が連なっており、航海王子エンリケを先頭に、モロッコを征服し、ポルトガル・アフリカ帝国を形成したアフォンソ5世やヴァスコ=ダ=ガマ、ブラジルに到達したカブラル、世界一周を初めて成したマゼラン等々…
歴史の教科書でお馴染みのフランシスコ=ザビエルもいます(右下で屈みながら祈っている人がそれ)。

ここからもう5,6㎞も下ればそこは大西洋。開けた河口を望み見るエンリケ航海王子の像から、当時の人は航海にどのような想いを抱いていたのか…と過去に想いを馳せてみたり。

また、モニュメントの前には到達年が刻まれた巨大な世界地図がタイルで埋め込まれており、大航海時代にポルトガルが歩んできた歴史を辿ることができる。

こうしてみると、アフリカ西岸~南岸へ抜ける航路を開拓するだけでも、ポルトガルによるモロッコのセウタ攻略(1415年、ポルトガルが初めてアフリカ大陸へ進出した出来事)から数えて実に70年ほどの歳月がかかっている。
ただ、喜望峰到達以降(1488年)はトントン拍子で進んでおり、いわゆる「アフリカの角」とアラビア半島に挟まれたアデン湾近海には1500年に、そしてインドのゴアを1510年に占領しているなど、これまでにちまちま進んできたルートに比べるとかなりのスピードだ。航海技術の革新でもあったのだろうか。

そしてバッチリ日本も年号と共に刻まれており、これは1541年。豊後国(現在の大分県)にポルトガル船が漂着し、ポルトガルに日本が初めて「発見」された、という訳だ。
ただ、日本史的にはその2年後の1543年に種子島へ漂着した話の方が有名。当時の島主である種子島時堯がかなり開明的な君主で、この漂着したポルトガル人から鉄砲を購入し、家臣に機構や製法を学ばせた後、全国へ広まっていく…というのが俗に言う「鉄砲伝来」という一連の出来事になります。
大混雑のベレン地区
さて、モニュメントも見たし、次はジェロニモス修道院かベレンの塔か…と逡巡。
とりあえず修道院は建物だけでも一目見てみたいので目の前まで行ってみることにしました…が、そこには衝撃の光景が。

いや、行列エグ。
修道院の入口は遥か右方。パッと見でも1時間はくだらない待ち時間だろう。幸いリスボンには4日滞在する予定なので、内部の見学は別日に回すことに。

続くベレンの塔。かつては川を遡行してリスボン市街地へと入ってくる外敵を排除するための砦としての役割があったこの塔は優美なマヌエル様式での建築で、澄み渡る空とテージョ川の青に映えます。
ここは一見混雑していなさそうにも見えますが、この写真の画角には映らない手前に大行列をなしています。ここも後回しかな…
という訳で中心部に戻り遅めの昼食を。

頼んだのがタラのクリーム煮(?)的なサムシング。ジャガイモを筆頭に色々煮込まれています。ポルトガルは海洋国家なので、魚が国民的主食なのだ。
提供時は綺麗な見た目だったのですが、鍋を開けてすぐにかき混ぜられたのでこんな姿に。でも非常に美味しかったです(結構高かったけど)。
リスボンのオーバーツーリズム?
ここで余談ですが、アメリカの旅行ガイド出版社・フォーダーズトラベルが”No List 2025″、つまり「2025年に行くべきでない都市」ともいうべきリストに、このポルトガル・リスボンが入っています。
というのもここで挙げた通り、過剰なオーバーツーリズムが引き起こす観光公害が原因なんだとか。そりゃあ、一観光地にあれだけ行列をなしているのは健全ではないと言えます。同様の理由で、日本からは京都や大阪がリスト入りしていたり。
観光都市というのはこうあるのが宿命なので仕方のない所もありますが、もし落ち着いた雰囲気の街が好きなのであれば、リスボンはお勧めできないかもしれませんね。
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