ストラスブールという街
現在はフランスのアルザス・ロレーヌ(ドイツ語読み:エルザス・ロートリンゲン)地方の中心都市として栄えるストラスブール。しかし、その歴史はドイツとフランスという大国に翻弄される苦難の連続でした。
時は17世紀半ば、ストラスブール含むアルザス地方は神聖ローマ帝国に属していましたが、当時の帝国では有力貴族が領内各地で分立状態となり、とても統一国家とは呼べない有様に。そんな中、神聖ローマ帝国の混乱に乗じ、隣国フランス王国がアルザス地方を奪取。この時シュトラスブルクというドイツ風の読みから、現在のストラスブールというフランス風の名前に改められます。
その約200年後に行われた普仏戦争では、新たに成立したドイツ帝国領に編入され、第一次世界大戦終結後はフランス領に復帰。続く第二次世界大戦では一時ナチス・ドイツの占領下におかれ、終戦後は再びフランス領へ…と、独仏間の係争地として戦争の度にその国籍を変えてきた街がストラスブールなのです。
そんな数奇な運命を歩んできたストラスブール。現在は欧州評議会や欧州人権裁判所などのEUの主要機関が置かれ、独仏の融和、そしてヨーロッパの平和と統合を象徴する都市となりました。
そんな歴史があるため、ドイツとフランスの文化が融合した独自の文化が形成されているのも特徴です。
やはり元々はドイツ圏に属していた関係か、街並みがドイツのそれと通じるような気がします。
世界遺産・ストラスブールの街を歩く
ホテルから歩くこと10分ほど、「WHITE ALBUM2」に登場するホテルのモデルとなった建物に到着。
ちなみに作中では外観そのままこのホテルが登場するようですが、その作中のホテルの名前は「ホテル・デュ・コルボー」。そう、僕らが泊まっているホテルが名前の由来だそうです。
友人はどちらに泊まろうか迷ったそうな(笑)
そしてこちらがストラスブールのシンボル、「ノートルダム=ド=ストラスブール大聖堂」。高さ142mの荘厳なゴシック様式の建築は旧市街はもちろん、ストラスブールに向かう列車からも視認することができ、見る者を圧倒します。
ただ大きいだけではなく、細部にまで細かい装飾が施されたその外観に感服。建築技術が今よりもはるかに劣っている時代によくこんなものが作れたものだと感心せずにはいられません。
尖塔に登るにはは別途料金が必要ですが、中には無料で入れます。簡単な荷物チェックがあり、帽子をかぶっている場合は取るように促されます。
内部の写真が1枚だけ残っていたので紹介。
側面に施された美しいステンドグラスの窓に円形のバラ窓。美しい大聖堂は中まで美しかったです。
大聖堂を出た後も聖地を巡りつつ、適当に旧市街をフラフラと散歩。どこを切り取っても絵になるストラスブールの街。流石は街全体が世界遺産に登録されているだけあります。
これは街を歩いてるときに見つけた、一部の層にカルト的な人気を誇る神ゲー「ルド―」の盤。唐突に現れたため困惑しましたが、現地の人は酒でも飲みながらやるんでしょうか。
ストラスブールの夜
そんなこんなでストラスブールの街並みを散歩していたらすっかり夜に。
伝統的なアルザス料理、「Flammekueche(フラムキッシュ)」をいただきます。
フラムクーシュはいわゆるアルザス風のピザ。薄く伸ばした生地に具材を乗せて焼き上げたもので、ピザと同じようにピザカッターで切り分けていただきます。
ピザよりも素朴な味わいで、外側の生地がカリカリしており食べやすい印象を受けました。ただ、ボリュームはあまりないので、何枚か食べてもよかったかもしれません。
夕食後は再びストラスブールの街を散策。
ここはクレベール広場。当時は気にしていなかったのですが、この銅像が広場の名前の由来となったクレベール将軍だそう。
例によってここもWHITE ALBUM2の聖地。ちょうど夜の場面で出てくるそうなので狙って来ました。本当は作中と同じ時期(クリスマス)に来れれば、クリスマス・マーケットもやっていてより雰囲気が出ていて良かったのでしょうが、当然卒業論文で忙しくて行けるはずもなく。
それでも来られてよかったです。
大聖堂に寄り道してからホテルへの帰路に着きます。
夜になると大聖堂はライトアップされ、昼間とはまた違った荘厳さを醸し出しています。外観に施された細かい装飾もあってか、影がくっきりと出ていてついつい見惚れてしまいました。
この大聖堂、当初は左右対称の双塔になる予定だったらしいのですが、結局今の状態に落ち着いたと言います。個人的には今の単塔もこれはこれで芸術的だと思います。
帰りはホテルまでの道を迷い、逆方向に進むなどして彷徨うこと40分、ようやく着いた頃には飛行機であまり寝られなかったこともあってか、うつ伏せで倒れこんだまま気絶するように寝てしまいました。
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