日本→イギリスを飛行機を使わずに旅をしてみた【ユーラシア大陸陸路横断記#0】

こんにちは、りーつと申します。

大学の卒業旅行で行ったドイツ・フランスを皮切りに海外旅行の魅力に取り憑かれ、長期休暇さえあれば出国を繰り返している者です。

この度、転職に伴って前職場を辞めてから次の職場に就職するまでの5ヵ月弱を使い、日本からイギリスまで、一度も飛行機を使うことなくユーラシア大陸を陸・海路のみで横断してきたので、その記録を綴っていきたいと思います。

とりあえず、この記事は143日、25,000㎞に渡る旅の記録の「あらすじ」や「はじめに」、「目次」のような役割にできればと考えているので、「なぜこんな旅をしたのか」や、ルートの選定からかかった費用等々を紹介していきます(このページは都度更新する予定です)。

アイキャッチ画像にもしているトルクメニスタン・イラン国境であるバジギラン国境。ほぼ情報のないこの国境を越えた時の感動はひとしおだった。

旅のきっかけ

長旅への憧れ

冒頭で触れましたが、私が本格的に海外旅行にハマりだしたのは大学4年の終わりに行ったドイツとフランスから。地球上にはこんなにも日本と違う景色が広がっていて、文化から言語まで何もかも違う世界があり、そこに暮らす人々の日常があるということに、当時非常に感銘を受けたことをよく覚えています。

当時訪れたフランス・ストラスブールの街並み。

そして社会の歯車となった後、トルコやチェコ、ポーランド、ポルトガル等々色々な国に行きました。非常に魅力的な国々ばかりで、そこで思うことは毎回

「時間が足りない」 ということ。

ポルトガル・リスボンにて。真冬にも関わらず雲一つない快晴で感動した。

割と休みは取りやすい職場でしたが、日本人労働者が連続で取れる休みなんて、どれだけ頑張っても精々2週間が限界。

そんな中、Twitter(自称:X)で夏休みや春休みを存分に生かし、長期旅行をしている大学生バックパッカーを見ていると、「自分もそんな旅がしたかった」という憧れと言うべきか、それともコンプレックスと言うべきか…そんな形容し難い感情が、当時の心の奥底で湧いてきました。

なので、この手の旅でよくある「深夜特急に憧れて…」というスタートではありません(なんと読んだこともないが、今読んでしまうとまた旅に駆り立てられそうで怖い)。

何故ユーラシアか、何故陸路にこだわったのか

正直、これだけ長い休みがあればぶっちゃけどこへでも行けると思います。それこそまとまった時間が無いと行けない南米大陸だったり、太平洋に浮かぶ絶海の孤島まで。しかし、私の興味はユーラシア大陸にありました。理由はよくわからないけど、惹かれるものが非常に多いと思います。

そして、せっかく長旅をするのであれば「世界の広さや国々の文化の多様性・移ろいを肌で感じたい」という想いがありました。元々、こと旅をするにおいて私は飛行機という交通手段を使うことがあまり好きではありません。ここでは昔の記事で書いた自分の言葉を借りたいと思います。

確かに飛行機は便利で、日本国内であればどれだけ遠くても2~3時間もあれば着いてしまう。しかし、点と点を結ぶ、さながらワープのような移動はどこか味気なく感じてしまう。やはり、時間がかかっても陸路で移動する「線」の移動こそ、「移動している」、「旅をしている、場所と場所を紡いでいる」という事実を感じられるのだ。

アンカラエクスプレス乗車録より(2024.01)

…今改めて見直してから若干改変しましたが、概ねこんなところです。だから陸路で一番長く旅できるユーラシア大陸が最適だった…とも言えるでしょう。

ところで、読んでいないと言っていた『深夜特急』にも

なぜユーラシアなのか、なぜバスなのか。確かなことは自分でもわからなかった。ただ、地球の大きさをこの足で知覚したかったのだ――。

という一節があるらしい。完全に同意します。

この先は少し余談。

転勤という転機

実は私はとある省庁で国家公務員として働いていました。この職業は「国家」と名のつく通り本当に転勤が多く…私も3年目に入ろうかという手前で声がかかり、縁もゆかりもない県に行くことになりました。

幸い、転勤前後のいずれも良き上司・同僚・同期に恵まれた毎日を送っていましたが、やはりネックとなるのが2~3年に一度発生する転勤という足枷。

「転勤を了承して入庁したんじゃねえのか!」という言葉には返す言葉もありませんが、大学のあった京都から大阪へ引っ越す際に「こんな面倒な引っ越し作業を毎回転勤の度にやるのか…?」と、就職する前段階から既に薄々と「転居」というものに対する嫌悪感を抱いてしまいました。

そして、「次の転勤が来て、同じ感情を抱いたら転職しよう」と心に決めていました。で、案の定同じ感情を抱いてしまった訳ですね。「旅が好きなら知らない環境に身を置くことはむしろ楽しいんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが(実際そう思っていた)、そうではなかったようです。転居という行為はあまりにもストレスフルが過ぎるし、自分の住む場所ぐらいは自分でコントロールしたい。元公僕の戯言ですが。

そんな中で「転職すればもしかしたらハチャメチャに長く休めるのでは!?」「自分も長旅ができるかもしれない…」と、心は急速に転職へと傾き、「ユーラシア大陸陸路横断」という密かな野望が芽生え始めたのでした。

転職・人生で一番長い休暇

そうと決まれば話は早く、第二新卒が効く内にと、地元や元居た大阪から企業や自治体等、転勤の無さそうな所を色々見て回った結果8月に転職が決まり、退職を決意したという訳です。

退職の意向を告げてからは話は早く、引継や今やっている業務もあるので、退職は10月末ということで話がまとまりました。転職先は4月からの入社ということで了承を得ているので、有給消化も含めれば約170日の休み。しかし、退職後に必要な手続などを考慮すると、実際に旅に出られるのは11月上旬から。意外とニートになるのも楽じゃない。

ルート選定

実際のルート

さて、この旅の実行にあたり、難儀したのはやはりルートの選定。混迷を極めるこの世界情勢の中、通ることができる国や国境はかなり限られてきますが・・・実際に実行したルートがこちら。

赤線が横断ルートで、紫色は寄り道した区間。その他自分の興味を組み合わせており、かなり歪なルート取りをしています。

日本から韓国、韓国から中国へはフェリーで渡り、そこからはカザフスタンキルギスウズベキスタン(タジキスタン)トルクメニスタンイランアルメニアジョージアトルコ→欧州方面へと抜けました。アジア区間のルートは概ねシルクロードと被っています。

この旅行を実行したのは2025年11月6日から2026年3月28日にかけて。今ではイランを通り抜けるルートはかなり難しいと思います(とはいえ、私がイランに滞在していた12月下旬~1月上旬もかなりギリギリのタイミングだった)。

テヘランのゴレスタン宮殿。ここも爆撃で被害を受けてしまった。

実際にどんな交通手段を使ったか、どの都市を経由したか、交通費等々…については以下のスプレッドシートにまとめましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

ユーラシア大陸 横断ルート

ほかのルートを考えてみる

ちなみに「これ以外のルートもあるんじゃないの?」と思われる方もいるかもしれませんが、調べた限りだと、他のルートは相当に旅慣れてないと過酷を極めると思います

⓵中国→東南アジア→インド方面

最初「ベトナムとかカンボジアの方も行ってみたいな~」と思い、東南アジアを通るルートを考えてみたりもしたのですが、最大の障壁は内戦中のミャンマーを通過する必要性があること。また、タイ・ミャンマー間の国境付近も治安が悪化しているほか、仮に無事通過できたとしてもミャンマー・インド間の陸路国境が開かれているか分からず、現実的ではないと思い断念(なお後述しますが、ここを抜けたとしても厳しいポイントがある)。

東南アジアをすっ飛ばし中国からインドには行けないのか、と言う話にもなりますが、両国は一応国境を接しているものの、ここはヒマラヤ山脈なので物理的に越境不可(そもそも両国の仲は国境問題を抱えているため、非常に険悪)。

②中国→パキスタン→イラン方面

一旦、イランが戦争中だということは置いておいて…(そもそもイランを通過できなければルートは限られ過ぎてしまう)

中国・パキスタン間はカラコルムハイウェイが通っているため、旅行者も通過することができそう。ただ、この道は急峻な山々を切り開いた上で山肌を縫うように道路が敷かれているので、落石や土砂崩れも頻繁に起きている模様。ただ、問題はこの後。

パキスタンからはイラン、若しくはアフガニスタンに抜けることになりますが、パキスタン・イラン国境は一般の旅人が通り抜けるにはかなり難易度が高いです。バローチ人の武装組織(BLA)がしょっちゅうテロなどの事件を起こしており、仮に旅行者が両国間の国境を越える場合は、治安部隊の警護付きでの移動になるというハードモード。調べたら2026年にも2回テロを起こしていました

まあ、私含めこの記事に辿り着くような人は感覚がマヒしているところがありますが、そもそもイランに行くという前提が普通に考えれば中々攻めているとは思います。何せESTAが使えなくなり、アメリカに簡単には行けない体になってしまいますから。

アフガン方面へは…語るまでもないでしょう。

③ロシア横断

一番楽なのはこのルートではないでしょうか(入国審査の厳しさとビザ取得の手間には目を瞑るとして)

中国から綏芬河を経由してウスリースクへ。そこからウラジオストクへ向かい、シベリア鉄道でモスクワへ。あとはサンクトからイヴァンゴロド、エストニアのナルヴァへ抜ければヨーロッパ到達です。

でもこれただのロシア旅行なんだよな

いや、別にこれに魅力が無いとは一言も言ってないし、何なら雄大なロシアの原野をシベリア鉄道・ロシア号で車中泊を何泊も繰り返し、現地の人と交流しながら駆け抜けていく…なんというロマンだろうか。いつかやりたい。

ただ、私はせっかくこれだけの時間が手に入ったのだから、シルクロードを伝いつつ、国や言語が移り変わっていく様を、世界の広さを、文化の多様さを「陸路」旅行を通じて体感したかった、ただそれだけです。ロシアは果てしなくロシアが続きますから(もちろん彼の国は連邦制を敷く多民族国家であり、一言に「ロシア」と言っても国内に多様な文化があることは重々承知しておりますし、私が今一番行きたい国と言っても過言ではないほど興味があります。)。

④カスピ海横断フェリー(アクタウ→バクー)

「陸海路のみで横断する」という縛りにおいて、今最も現実的なのはこのルートだと思います。

カザフスタン―アゼルバイジャン間フェリー、2026年前半に運航開始へ
カスピ海で、カザフスタン西部のクルィク港とアゼルバイジャンのアラト港を結ぶフェリー航路が、2026年に開設される見通しとなった。貨物取扱量の拡大と地域の海上連結性強化が期待されるとして、カザフスタン国営通信カジンフォルムが12月23日に報じ...

コロナ以降長い間運休していたものの、遂に再開の目途が立ったようです。当時は運航再開の情報がなく、旅立つ段階では信頼できる交通手段とは言い難かったので、飛行機でトルクメニスタンをすっ飛ばすかどうか本当に迷いました(結局高いツアー代払って入ったけど)。遅いよ。

しかし、具体的な運航スケジュールについては未だ不明。今後に期待です。

旅の費用

みんな気になるお金の話。

壮大な旅(当社比)をするにあたって、どのくらい費用が掛かるのか調べたりしましたが…自分とピッタリ整合するような旅程や予算感で旅をしている人なんてまあ誰一人としていないので、あくまで参考程度に色々見漁りました。

この記事も、そんな旅に出る人の参考になればと思います。

私のことは「ケチるところはケチるが、必要・楽になるところには金を惜しまず使う、ゆるふわバックパッカー」ぐらいに思っていただければ大体の温度感は伝わるかと思います。もちろん野宿とかはしません。

項目費用
食費\285,691
交通費(都市間)\605,633
交通費(市内)\52,750
宿泊費\266,002
通信費\24,312
観光費\146,487
土産代\100,904
雑費\49,614
合計\1,527,293
すべて現地価格×当時のレートで計算。

以下、各項目についてです。

食費

確実に毎日かかる費用ですが、1日あたりほぼ2,000円で収まっています(朝食を基本食べないかつ、観光や移動ばかりでロクに食べていない日もあったりましたが…)

前提条件として、この旅の143日の内96日、つまり7割弱を日本~トルコまでのアジアで過ごしています。ジョージアまでは比較的物価の安い国が続くため自炊は全くせず、すべて外食で済ませていました。特に中国や中央アジア諸国、イランなんかは1食300~500円で済ませられて非常に助かりました。

成都で食べた担々麺。15元(≒330円)

問題はヨーロッパ以降で、ここからは外食を控えてスーパーの惣菜なんかを買ったりしていました。結局自炊は最後までしませんでしたが…

こんな感じのパンを買い漁っていた。ブルガリアのプロヴディフにあるVILLAというスーパーにて。

アジアで抑えた分、ヨーロッパでは1日2,000~3,000円は使っていました。

交通費(都市間)

「日本からイギリスまで飛行機使わずに行く」と友人や旅先で出会った人に話すと、たまに「なんで飛行機使わないの?金無いの?笑」と言われましたが、飛行機使う方が安いに決まってんだろ!!!

と、声を大にして言いたい。ただのロマンでしかないのだよ。

ちなみにこの約60万円の内、26万円は帰りの航空券代なので、実質日本(名古屋)→イギリス(ロンドン)までにかかった費用は34万円。航空券代も本当はもっと安く収まっていたのですが、突然の中東情勢の悪化で予約していたエティハド航空が飛ばなくなり…あとはお察しください(追加で16万も払う羽目に)

中国の寝台新幹線。値は張るものの寝ている間に数千キロ移動できる物凄いシロモノ。

意外とかかるのが中国を高速鉄道や寝台列車で移動する費用。ここだけで5万円強使っています。あとはユーレイルパスを使ったり、寝台列車代もこの項目に入れているのでまあこんなものかという印象。

ルーマニアとモルドバを結ぶ寝台列車・プリエテニア号。プリエテニアの意味は「友情」。
ソ連時代から残る非常に雰囲気ある客車寝台。今まで乗った寝台列車で一番好きだ。

あとは「公共交通があるならタクシーには頼らない」という思想の下、イラン以外でタクシーは情報のない国境→近隣の街、またはその逆ぐらいでしか使ってません。イランはSnapp!という配車アプリが便利かつ安くてめちゃくちゃ使ってましたが。それ以外だと一回アルメニアで騙され(疑惑)使わされただけです。

交通費(市内)

文字通り市内観光のために乗ったメトロやバス代。特筆すべき点はありませんが、オランダ・ロッテルダムのトラムが1乗車€5.5(≒1,000円)するのは流石にビビりました。中国だと大体メトロはどの都市でも一乗車1元~4元(≒23~92円)、中央アジア諸国やコーカサス地方に見られるマルシュルートカ、東欧のトラム等も大体100円前後で乗れるので、西欧はやはり怖い所です。

趣深いマルシュルートカ。アルメニアにて。

宿泊費

当たり前ですが、ほぼすべてドミトリーに宿泊しています。個室は中国国内と本当にドミトリーが無い街でしか泊まっていません。あとは寝台列車を多用しているので、実際の泊数は130泊弱。一泊当たりは2,000~2,200円ぐらいでしょうか。

中国~ジョージアまでは大体1泊1,500円以下で宿泊できた記憶があります。中でも一番安かったのは中国・成都の1泊650円のドミトリー。

成都のドミトリー。繁華街からも近く、部屋も綺麗だったので予定を越えて長居してしまった。

宿泊費は結局ヨーロッパ以降で如何に安宿を見つけられるかが費用圧縮の鍵だと思います(とは言ってもハズレ宿には泊まりたくなかったので、レビューや写真はしっかり見ていた)。

通信費

中央アジア諸国(カザフ~ウズベク)及びイラン、アルメニア、ジョージアでは物理SIMを、それ以外の国ではeSIMを使っていました。アルメニアなんかは物理SIMが特に安く、30日間容量無制限で1,400円ぐらい。

アルメニア大手キャリアのVIVA社(メグリ市内にて)。

国によって物理SIMが良いかeSIMが良いかは分かれますが…少なくとも情報統制が厳しい中国では、西側アプリの使用時に自動でIPが切り替わる機能付きのeSIM一択だと思います(Trip.comで売ってる)。

同様にイランでもインスタやTwitter等は当然見ることはできませんが、SIMを買うときに「VPN付けるか?」と聞かれたり。私は別でVPNを契約していたので買いませんでした。

というか堂々と”VPN”って書いてある店が大通り沿いで営業しているのが印象的でした。そういうのってバレずにする必要があるのでは…?

観光費

約14.6万円の内、8.8万円はトルクメニスタンを通過するためのビザ代及びツアー代(3日分)です。これが本当に高くて入国しようか迷いました。

トルクメニスタンの地獄の門。結構気合い入れないと行けない場所なので思い入れがある。

基本的には街歩きだけで割と満足する人間なので、高い入場料がかかる場所にはあまり行かなかったのですが、フランスで凱旋門やスコットランドのエディンバラ城とかは行ってみたりしました。

ルーマニア・ブカレストの悪名高い議事堂宮殿。

土産代

旅先でマグネットを集める趣味があるのでよく買っていました。トルコまではワンコイン以下で買えたのですが、東欧以降が中々高かった記憶。

過去のものも含めて玄関に貼り散らかしている。

中でも一番高い買い物はイスファハーンで買ったペルシャ絨毯。値切って$110(≒17,000円)で買いましたが、中々いい買い物をしたと思います。日本で買ったら5万円は超えそう。

白と青系統の色がふんだんに使われているのは、イランの中でもナイン産の特徴らしい。

雑費

主にランドリー代と公衆トイレ代。溜まってきたらドミトリーのランドリーサービスを使ってました。手洗いすればもっと節約できると思いますが…面倒でした。

そんな感じで費用は上記に挙げたようなイメージで、削減の余地は大いにあると思います。こうしてまとめてみると、頑張れば同一行程を120~130万ぐらいでも旅できそうですが、円安が厳しいか。

旅の詳細な記録

さて、これからこの旅の記録を綴って行きたいと思います。何せ140日もあるので、全て書ききるのに一体どのくらいの時間がかかるのかは皆目検討もつきませんが、遅筆なのでおそらく一年以上はかかると思います。

せっかくだからと、手書きで日記をつけていた(なお125日目で断念)。

日記を頼りに追憶も兼ね振り返っていきたいと思いますので、楽しんでいただければ幸いです!

それではまた次の記事でお会いしましょう。

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