2025年11月13日(木) 天気:晴 気温:20℃/14℃
青島北駅へ
この日は高速鉄道(高鉄)で上海まで向かう。
本当は朝のんびりして昼ぐらいの列車に乗りたかったのだが、9時~12時台の列車は軒並み満席で、妥協して予約したのが8:06発の列車。

高鉄は手荷物検査や改札を発車5分前に通過する必要があるので、駅には少し早めに着く必要があるため、ホテル最寄りの宁夏路駅を6:50に出発し、そこから地鉄3号線に35分ほど乗車。終点の青島北駅で下車した。


地鉄を出るとガラス張りの巨大な駅舎が現れる。これが中国国鉄の青島北駅だ。
例によって検査を受けてから改札を抜ける。

改札を入ってすぐ、1階のコンコースには発車標がデカデカと掲示されていた。自分が乗るのは下から3つ目のD2913列車・上海虹橋行き。
他にも同じく山東半島にある港町・煙台、東北地方の中心都市・瀋陽、首都北京、寧夏回族自治区の銀川など、どれも青島からは遥か遠方にある都市かつすべて別の方角にある街だ。そんな行先がずらりと並んでいる様子を見ていると、旅情がかきたてられる。

続いて2階に上がると、まるで空港かと見紛うような空間が広がっていた。セントレアの出発ロビーとかこんな感じだよ。
中国高鉄は列車別に改札が行われており、両サイドにはさながら飛行機の搭乗口のような形でずらりと改札口が並んでいる。
なんでもスケールがデカい。流石は中国だ。
D2913 青島北→上海虹橋
中国では大体発車10分前から列車別改札は開き、3分前に閉じる。皆マイナンバーのようなもので通り抜けて行く中、外国人旅行客は有人改札でパスポートをスキャンしなければならない。しかし、パスポート(身分証)と乗車券が紐付けされているのは非常に便利だと思う。よっぽど失くさないしね。

ホームへと下っていくと既に列車は停車中。昨日通りかかった桟橋近くの青島駅が始発で、既に乗客がそこそこ乗っていた。

この北駅からほぼ満席となり、定刻通り8:06、青島北駅を発車。上海まで800km、6時間の高鉄旅の始まりだ(ちなみに東海道新幹線だと東京→福山ぐらいの距離)。
青島北駅を出ると列車は膠州湾の北岸をぐるっと迂回し、最高時速250㎞で黄海沿いに日照西、連雲港と南下していく。

さて、中国の高速鉄道だが、日本では絶滅してしまった車内販売や食堂車があったりする。加えて、全列車に車掌+アテンダントを乗せているらしく、とてつもないサービス精神だ。これこそ資本主義国には真似できない芸当だろう。
車内販売を担当するアテンダントは車内で長々と商品の紹介をした後、乗客に「買わない?」と言わんばかりに見せて回っていた。商魂たくましいぜ。
列車は山東省から江蘇省に入り、10:02に連雲港を出た後は少し内陸に入り准安東、揚州東と停車。

車内の電光掲示板は駅に到着する前に外気温を流してくれるのだが、青島発車時に19℃だったのが蘇州辺りで27℃と表示が出ていた。流石にこれは嘘なのだが、さっきから窓からの陽射しが暑い。
日本列島で言えば福井市から鹿児島県最南端の佐多岬辺りまでの緯度を移動していることになるので、この気温の変化も無理はない。

てっきり皆上海まで行くのかと思っていたが、途中の常州で乗客の2割が、続いて蘇州で6割近く降りて行き、満員だった車内は5,6名を残すのみとなり、すっかりガラガラになってしまった。

13:51、列車は定刻通り上海虹橋駅へ滑り込んだ。中国の高鉄は時間に正確で、今のところ威海→菜西、菜西→城阳、そしてこの青島北→上海虹橋と3回使ったが、すべて時間通り。これまで散々な目に遭わされたドイツ鉄道も見習ってほしい所だ。
まあ、ここまで厳しく管理していれば定時運行性は確保できるのは当然ともいえるが、その管理体制を維持している人民鉄路も中々のものだろう。

上海虹橋駅から市内へ
青島よろしく、上海も市内中心部から高鉄の駅は離れている。

地鉄2号線に乗って今日の宿がある南京西路駅へ。
次の駅は上海虹橋空港第2ターミナル。浦東と並ぶ上海の玄関口だが、使ったことはない。だって、格安航空券は全て浦東発着だから…
途中でゴツい装備をした特警が乗り込んできて改めて中国という国の異質さを感じながら、30分ほどで南京西路駅に到着した。

今日は青島を出る時にコンビニで菓子パンを買って車内で食べていただけなので空腹。
駅前にあった「包一切」という店で牛肉まんを食べるが…これが美味い!少しハーブの風味があって病みつきになる味付けだった。以降、上海滞在中はここに通うことになった。
この日の宿は火鍋店の階上にある特筆すべき点もないドミトリーに宿泊。上海は流石に物価が高く、ドミトリーでも1,850円した。フロントは英語も通じ、流石は上海だ。
上海随一の繁華街・南京路歩行街へ
睡眠時間が足りなかったので宿で小一時間ほど仮眠した後、外灘に向かって歩き出すことに。

それにしてもこの辺りは街並みが中国っぽくない。このエリアは特に外資系企業が進出しており、スタバにヴィトン、バレンシアガなど、普通に御堂筋でも歩いてる気分になる。


かと思えば前衛的な建築があったり、脇にある路地なんかからはちゃんと中国にいるんだなあとも実感させられる。面白い街だ。
宿を出ること20~30分ほどで上海随一の目抜き通りである「南京路歩行街」に出た。

道幅がかなり広く、青島ではほぼ(というか見かけなかった)外国人観光客もそこら中で見かけるようになり、何なら時折日本語も聞こえてきたりもした。流石は人口2,500万を擁する国際都市だ。
ただ、少し残念なのが綺麗に整備されているが故に、屋台や露店の類は全く見かけない点。昔の上海には多く見られたようだが、どうやら上海万博をきっかけに都市の再整備が進められた結果、中心部からは駆逐されてしまったらしい。


この歩行街には本当に様々な店があり、アニメイトまであったのは流石にびっくりした。


時刻は17:20。11月の中旬に差し掛かり、陽が落ちるのも早くなってきた。後ろをふと振り返ると南京路歩行街の奥がぼうっと夕焼けに染まっていた。
外灘で見る上海の夜景
17時半過ぎに外灘の川沿いに出た。

「上海」と聞いてまず思い浮かべるのがこの川沿いからの光景だろう。丸いフォルムが特徴的な上海タワーをはじめ、摩天楼が立ち並んでいる様子には圧倒される。

ライトアップは18時かららしいが、既に夜景を一目見ようとする人々が川沿いに人だかりを作っていた。
そして18時になると、川向こうのビル群が一斉に輝きだす。

川面に色とりどりのグラデーションを作るほどに光り輝き、煌びやかな上海の夜が始まった。
言われてみれば、人生で夜景スポットというものにあまり触れてこなかった気がする。眼前に広がる眩いほどの摩天楼をしばらくぼーっと眺めていた。

そして、上海の夜景は摩天楼だけではない。先ほどの夜景が見える川沿いから南京路の方に目をやると、今度は厳つい構えの洋風建築がずらりと並んでいる。
アヘン戦争終結の際に締結された南京条約(1842)により開港した上海は「租界」となり、列強諸国の領事館が置かれるようになった。更に英米資本の金融機関が次々と進出し、今にまで続く国際金融都市としての地歩がこの頃築かれたのだ。

外灘に建ち並ぶ欧風建築は、そんな欧米列強諸国がこぞって上海に進出した時代の名残。
当時「魔都」や「東洋のパリ」とも呼ばれた上海。外国資本や金融業は、都市の姿を根本から変えてしまう力があるんだろうな。
帰りは夕飯だけ食べて帰る。
屋台街は無くなってしまったが、代わり(?)にやたらネオンサインがぎらぎらした地下街があり、そこで色々食べられるようになっている。

注文する時は頑張って発音をしてみるのだが、全然聞き取ってもらえず「啊?」と聞き返されてしまう始末。漢字は見てどんな料理か大体想像がつくのに、発音はできないという何とももどかしい言語だ。

食べたのは上海風焼きそば(炒面)と生煎というこれまた上海名物の焼き小籠包を食べた。
地下街の入口からあまり期待していなかった通り、焼きそばは麺がぼそぼそしていて正直あまり美味しくはなかったが、生煎は美味い。
皮は分厚くもちっとしているのだが、そこに若干焼きを入れてパリッとした風味も出されているのが良かった。


帰りにまた30分歩いて帰るのにはそろそろ疲れが溜まってきたので、地下鉄で帰ることにした。南京東路→南京西路は2駅、3元(≒66円)だ。
キラキラした上海を楽しんだので、明日は古き良き上海を見に行くことにする。


