旧ドイツ租界・青島を歩く【ユーラシア大陸陸路横断記#7】

2025年11月12日(水)  天気:晴  気温:19℃/7℃

延泊して青島観光をしようと決めた1日。

9時に起きて諸々準備し、最寄りの宁夏路駅からまずは八大関はちだいかんへ向かってみることに。それにしても、地下鉄もバスも大体1~3元(≒20~60円)で乗れるので街歩きが捗る。

地下鉄についているモニター。孔子が地下鉄でのマナー等を案内してくれるところに物凄く中国味を感じて良い。

八大関

青島地鉄3号線・中山公园駅で降りる。ここが最初の目的地である八大関の最寄駅だ。

駅を出て歩いていると、この辺り一帯の散策マップが。中国の観光地はランク付けがされているらしく、ここは「国家AAAA級旅游景区」らしい。そんなにA付ける?

ちなみに最高ランクは5A。

この八大関は当時の列強諸国の建築様式を模倣した家々が立ち並んでおり、「万国博覧会」とも呼ばれる街並みが特徴的。また、道路に沿って続く低い塀に緑豊かな並木道からも読み取れるように、高級住宅街としても機能しているようだ。

ドイツ人実業家の屋敷をそのまま利用した、ソ連市民協会の跡。

高級住宅街とは言っても観光地なので人通りは中々多い。それでも、庭園の小径では人民の方々が器械体操に勤しむ様子も見られ、どこか長閑な雰囲気もあったり。

青島は元ドイツ租借地なので、当時の影響を受けた赤い瓦屋根に木組みの屋敷が多く見られる。青島の景観を表す言葉に「紅瓦緑樹、碧海藍天」という言葉があるが、「紅瓦」は上記の写真のような家々のことで、「緑樹」は街を彩る緑の木々、「碧海」と「藍天」はそれぞれ青島の青い海と空のこと。

まさにこの風景を体現しているのが八大関なのだ。

海も近いので砂浜にも出てみる。

この日は11月も中旬に差し掛かっており、流石に海水浴を楽しむ人はいなかったが、砂浜に沿うように建っている海の家々ややたら目立つところに設置されているフォトフレームを見るに、夏は相当繁盛するんだろうな。

青島ビール博物館

八大関を散策した後は市街に戻り、今度はビール博物館へ。

その前に昼食をいただくことにした。

博物館前の通り沿いにあった店。雰囲気に惹かれた。

ここで頼んだのは面条。中国語で面条と言えば麺料理全般を指すので店によってどんなものが出てくるのか異なる。ここでは紅焼牛肉麺のようなものが出てきた。卓上のラー油を入れて辛くするのが個人的には好み。

博物館のある通り。やはり青島ビールや海鮮料理を推す店が多い。

予約していた時間になったので、博物館へ入ってみることに。煉瓦造り風の建物で、ここだけ他と雰囲気が異なる。やはりドイツが植民地時代に建てたこともあり、奥のクリーム色の建物からはかなり欧州の風を感じる。

国家一級博物館だそう。さっきの八大関のAAAA級といい、中国はランク付けするのがお好き?

博物館はA館とB館に分かれていて、A館は青島ビールの歴史を、B館ではビールができるまでの工程をそれぞれ学べる。

まずはA館から。

青島でビールの醸造が始まったのは、ドイツ租界地となってからなので、「百年青啤」とあるようにまさしく百年と少し前である1903年から。

ドイツの占領下におかれた青島では、ドイツ商人がゲルマンビール青島株式会社を設立。醸造に必要な生産設備や原料はすべてドイツから輸入され、本国の「ビール純粋令」に基づいた淡色ピルスナーとミュンヘン風の黒ビールの醸造が始まったのでした。

当時の広告。作風や絵柄に時代を感じる。

その後、第一次世界大戦を経て青島が日本の軍政下に入ると、ビール工場は「大日本麦酒株式会社」に改名され、以降WWⅡ終結までアサヒやキリンといった日本でもメジャーなブランドビールも生産するようになるように。

青島が中国に復帰した後も生産拡大は続き、今では青島のみならず国内に多くの工場を抱えるようになり、中国国内はもちろんのこと、世界にもその名を響かせる一大ブランドになりましたね。

青島人の三大幸福はビールを飲み、ハマグリを食べ、海で泳ぐこと。沿海部の都市らしい風土だ。
中国共産党からもお墨付き。

続いてB館へ。

A館を一旦出てB館へ向かうまでの一幕。欧風建築をバックに100年記念のモニュメントや青島ビールの缶を模したタンク、そして五星紅旗がはためく中々良い広場だった。

醸造工程はチェコのプルゼニにあるピルスナーウルケルの醸造所で既に勉強済みなので、今回は軽く流し見。

昔ながらの糖化(麦芽に含まれるでんぷんを酵素の働きで糖に変える工程)設備。
やはりビール造りと言えば、この玉ねぎのようなフォルムをした釜だろう。
麦芽(モルト)の種類。ピルスナーやラガーは上の方にあるようなほぼ焙煎してないものを、黒ビールには下の方にある強く焙煎されたものを使用する。
ホップの匂いを嗅げるコーナー。普段あまり意識することはないが、比べるとかなりハッキリとした違いがある。

さて、この手の醸造所見学で最も楽しみなものといえば、やっぱり最後の試飲コーナー。

チェコのブルゼニよろしく、ここでも無濾過のビールをいただくことができるのだ。

この独特の濁りが無濾過ビールの醍醐味。

やはり無濾過ビールには独特のコクや味わいがあってこれはこれでまた一興。普段あまりお目にかかることもできないのもより特別感を増してくれる。

小青島公園

博物館を見た後は再び地下鉄へ海岸沿いへ向かい、魯迅公園と小青島公園周辺をフラフラ。

こちらは小青島公園の手前にある、ゴツゴツとした岩場が特徴的な魯迅公園の海岸沿い。遠目には午前中に散歩した八大関の白壁とオレンジ色の屋根が特徴的な家々が立ち並び、その奥には市北区~南区にかけて高層ビルが林立している光景が広がる。

租界時代の雰囲気を残しつつ、現代中国の目覚ましい発展の様子を一目で見ることができる中々良いスポットだ。

空がぼんやりと黄色く染まり始める中、青島の青い海に糸を垂らす釣り人。
青島桟橋とスカイラインを望む。

一方こちらは小青島公園からの風景。ここは有名な青島桟橋とも青島湾を挟んで向かい合っている。目と鼻の先に見えるものの、実際に向かうには海岸線沿いに大きく迂回しなければならない。

小青島は離れ小島になっており、灯台の設備もあったりする。しかし、これといって目立った見どころは特にないので、魯迅公園の海岸沿いで小一時間波音を聞きながらボケ~っと過ごしていた。

また青島は天然の良港で、国際的な重要貿易港でもある他、黄海の防衛を担うための軍港も置かれている。ここに停泊しているのは中国海軍の水上艦だ。

…もちろん博物館の。この国で軍事関連の施設や設備なんて撮影したらとんでもないことになってしまうのでね。

この博物館もかなり見ごたえありそうで興味がそそられるのだが、時間が無いので今回はパス。いくら5か月の長旅とはいえ、陸路で日本→イギリスとなると中国国内だけでそうそうのんびりしていられないのも事実。

とはいえ、複数都市で沈没しかけるのはまだ先の話。

青島桟橋

比較的人気の少ない海岸沿いを満喫した後は、いよいよ青島の一大観光地である桟橋へ夕焼けを見に向かう。のんびりしていたのも夕刻の時間を待っていたのだ。

先ほど述べた通り、公園から桟橋までは太平路経由でぐるっと2.5㎞迂回。30分程度歩くと桟橋通りの道に出た。

先ほどまでいた小青島公園・海軍博物館方面を望む。

桟橋にほど近い砂浜へ降りる階段が何故か軒並み封鎖されており、桟橋のほぼ根元まで行ってからようやく砂浜に出ることができた。

案の定、桟橋には人がごった返していたので、少し引いた場所から見ることにした。

美しい…

これからの長い旅路を案じるかのように波音を聞きながら旅情に耽る。というのも、この街を出るとひたすら内陸に進んでいくので、次に海と出会うのは遥か先、ジョージアの黒海沿岸の街・バトゥミ。それまで海とはしばしのお別れだ。

青島の近代的な高層ビル群に陽は落ちて行き、街並みは鮮やかな橙色に染め上げられた。やはり夕焼けは素晴らしい。

せっかくなので桟橋も渡る。

これは青島のシンボルである回瀾閣。青島ビールのラベルにも描かれているこの八角形の楼閣は、まさしく伝統的な中国の建築様式だ。

台東歩行街

時刻は17時半。朝から歩きっぱなしで疲れたので、夜市だけ寄ってホテルに戻ることにした。

青島の繁華街は先ほどの桟橋から少し離れた「台東タイトン」と呼ばれる地区。青島の鉄道駅まで歩いた後、地下鉄1号線で向かった。

青島の鉄道駅。大陸らしからぬ西洋風の洒落た駅舎だ。

そしてここが台東のメインストリートである台東歩行街。極彩色のネオンで照らされた路地には所狭しと屋台が並んでおり、その光景にしばし圧倒される。

時折飲食店街にあるまじき悪臭が漂ってくるので見てみると、臭豆腐の屋台の隣でドリアンを売る露店が出店しているなど、地獄の様相を呈していたりもするのはご愛嬌(本当に言葉を選ばずに言うとゲロ以下の臭いがするところもある)

それにしても本当にいろいろなものが売っており、港町らしく魚介を取り扱っている屋台があるかと思えば、長沙臭豆腐、武漢熱干麺といった中国のローカルグルメ、果てはカエルの串焼きやヒトデの丸焼きなど、日本人からするとあまりにも見慣れない食べ物が並んでいて度肝を抜かれたりもした。

こうやって色々なものを見たりするだけで様々な発見があるからこそ、海外の夜市って歩いているだけでも本当に楽しいんだよなあ。

それで何を食べたかと言うと、ずっと気になっていた「腸粉」だ。名前だけ聞くと内蔵系のゲテモノ料理かと身構えてしまうが、その実は米粉とタピオカ粉などを混ぜてモチモチにした点心の一種。

中国語がからっきしできないのでどう頼もうかもたもたしていると、後ろに並んでいたネキが代わりに発音して注文してくれた。大変ありがたい…

出来上がり後に地獄のような赤色をしたどう見ても辛い何かを掴み、入れるか入れないかを聞いてくる。こういう時のために辛うじて覚えてきた「一点儿イーディェン(少しだけ)」とジェスチャーと共に唱え、少しだけ乗せてもらった。

モチモチの腸粉に甘い醤油ダレと先ほどの辛味のある何かが程よく調和しており、大変美味。これが13元(≒280円)で食べれるというのだから素晴らしいことだ。

せっかくなのでもう一品、真横にあったお店でいただくことに。字面からもどんな料理か想像しやすいのもポイントが高い。

注文すると店先の豆腐を鉄板で焼き上げ、ヘラで一口サイズに切って渡してくれる。

片面は鉄板焼きが入ってカリっとしつつも、もう片面はふわふわとした食感でこれまたクセになる美味さ。流石は美食の国と言われる中国、これから色々な中華料理が食べられると思うとワクワクする。

帰りはまた地下鉄で。

明日も早く出なければいけないのに、就寝は結局日を跨いでしまった。

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