2025年11月18日(火) 天気:晴 気温:12℃/6℃
結局寝付くのに時間がかかり、更に二度寝を繰り返した結果起きたのは13時半。昨夜の火鍋の衝撃から一晩明けたが、まだ喉が痛い。ダメージを受けてしまったのもあるが、この日は休息日にしているので特にどこかに出かける予定は入れていない。
とりあえず宿のランドリーで洗濯と乾燥をするが、3時間かかると出てきたので、適当に宿の周りを散歩することにした。
それにしても寒い。13日目となるこの日はもう11月も下旬に差し掛かるころ。いつも着ているパーカー+ウインドブレーカーの組み合わせでは限界を感じてきたので、圧縮袋に入れてきたダウンジャケットを取り出すべきかと逡巡したが、とりあえずマフラーだけ取り出した。
春熙路周辺
とりあえず何か食べたいが、火鍋で喉がイカれてしまったので辛いものは一旦パスすることに。ああ、マイルールが…

天府広場から春熙路にかけては飲食店が溢れまくっているので、逆に何を食べるか迷ってしまう。飲食店の横にまた飲食店、そのまた更に横に…というような恰好だ。

「川味(四川風)」や「成都担担面」、「火鍋串串香」と心躍る単語が並んでいるが、ここはグッと抑えてどうあがいても辛くはならないであろう蛋炒飯を注文。

当然、無難に美味い。13元(≒290円)だった。
昼食後は本当にあてもなくフラフラ。


ここが成都随一の繁華街である春熙路歩行街。飲食店だけではなく、百貨店やサブカルショップも並ぶ、まさに秋葉原や心斎橋~日本橋のような雰囲気だ。

四川黄金楼という謎の踊り子がいる、一目見ただけでは何の店か全く情報が入ってこないド派手な建築に思わず笑ってしまう。一体なんなんだこれ…

孫中山、つまり辛亥革命を起こした孫文の像と、彼が好んだ言葉である「天下為公(天下は特定の一人・一族のものではなく、公のものである)」が刻まれた碑文も(共産党はどうなの…?検閲済)。
ちなみに孫文は成都と縁もゆかりもないが(そもそも孫文は海外を活動拠点としている期間が長い)、成都に限らず、中国国内には「中山路」、「中山公园」、「中山广场」がやたら多い。
やはり共産主義のアンチテーゼたる君主制を打倒した功績はデカいらしい。


一応、文房具が売っている店があれば追加で日記用のノートを買うという目的もあったものの、好みのものが見当たらなかったので断念。1日1ページしか書かないと思っていたので2冊しか持ってこなかったが、意外と筆が進んでしまう。もっと持ってくるべきだったと反省。
そうこうしているうちに洗濯乾燥が終わったので、宿に戻ってバックパックに詰め、またダラダラ過ごした。
寛窄巷子
夜に再び街に繰り出す。1日目に食べた担々麺の店(純陽館)のあるあたり、つまり寛窄巷子のあたりが賑わっていそうだったので、そこで夕飯を探すことにした。


麻婆豆腐、担々麺、麻辣湯、火鍋…成都で食べたい四川料理は結構食べてきたが、もう一つ食べたかったのが辣子鶏。「辣」の文字通り、ご多分に漏れずこれも辛いのだが、喉は幾分かマシになったので食べることにした。
付近一帯を軽く散歩しながら店を探してみる。

清代の街並みを復元し、観光夜市として再開発されたのがこの寛窄巷子。屋台は勿論のこと、茶屋や普通のレストランも並んでいるが、観光地なこともあってか値段設定は少々強気。とはいっても、中国なので、それでも日本だと普通ぐらいの価格帯だけれど。

そして目を引くのが「采耳」の看板。これは四川発祥の耳かき文化で、店先で鉄の箸のようなものを「ジリリィィィン…」と鳴らしながら客引きをしていたのが印象的だ。
実は私、耳かきが大好きで、暇さえあれば綿棒でほじくりまわしている(本当にやめた方がいい)。やってみても良かったなあと今更ながら後悔。


そして、成都といえば外せないのがパンダの存在。野生パンダの生息域は四川省の山岳地帯。成都にもジャイアントパンダの繁殖研究基地が置かれ、その結びつきは非常に強い。
当然土産物屋もパンダグッズの洪水となることは火を見るよりも明らかだ。

メインストリートを外れ、少し北に外れると若干安く提供している店があったので、そこで夕食を食べることにした。

これが辣子鶏。小さく切って素揚げにした鶏肉を、致死量の唐辛子と花椒で炒めた料理だ。一見すると唐辛子が山盛り入った正気とは思えない料理だが、これは唐辛子を直接食べる訳ではなく、程よくその風味が移った鶏肉を楽しむ料理。
唐辛子の山から鶏肉を掘り起こし、たまに入っているピーナッツも一つまみ。う~~ん、美味すぎる。米が進んで仕方がない。食べ終わった後は大量の唐辛子が残り罪悪感があるが…これが正しい食べ方なので何の問題もない!よね…?
辣子鶏と白米、合わせて63元(≒1,380円)。今日は何もしてないので、たまにはいいだろう。



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